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厚底カーボンとスーパーピョンピョンのイノベーション

服飾品

厚底カーボンシューズ

1月30日のマラソン大会用として、1月10日にアウトレットモールでマラソンシューズを買いました。NB、ニューバランスの「フューエルセルTC」。今まで履いたことのない「厚底カーボン」の最先端のシューズです。本番の20日前にいきなりそんな物に手を出すなど、ランナーとしては無謀もいいところです。

購入したフューエルセルTC。(© 2019 kukurunbo)

私はだいたいフルマラソンを4時間半くらいで走る、いわゆる「サブ4.5」ランナーで、本番用(レース用)のシューズに求めるものは、30kmを過ぎたあたりからやって来る地獄の苦しみを少しでも楽にしてくれる介助機能です。もちろんマラソンは競技ですから、タイムが早くなるのはウェルカムなんですが、実際のところ、そこはあまり重視してません。鈍足の自覚もありますし、ジョギングくらいのスピードで長距離をチンタラ走るのはけっこう好きなんですが、ゼーハー、ヒーヒーいいながら速さを競って42kmを走りきる根性はまったく持ち合わせておりません。それどころか、ジョギングのスピードでのんびりと走っていても、マラソン大会では毎回、30kmあたりからは体力と気力が枯渇して、沿道からかけられる温かい声援だけがエネルギー源で走っているような状態になります。脳内麻薬が出て幸福感と満足感でウンタラカンタラみたいな経験は一度もございません。で、その苦しい時間帯に効くアイテムとしてシューズテクノロジーに頼りたい。簡単に言えばズルがしたい。しかし、お財布事情としては安ければ安いほうがいい。で、候補としていくつかのシューズを選んで、アウトレットモールに行く度にショップに立ち寄ったり、ネットで値落ちしていないかアンテナを張ったりしていました。

具体的に候補を列挙してみます。

ズームフライ3

最良の選択、ズームフライ3。(画像引用元:ナイキHP

1番の候補は、ナイキのズームフライ3。一般ランナー用の厚底カーボンシューズの元祖です。競技用のヴェイパーフライネクスト%譲りの完成度で、シリアスなランナーから、練習が不足しがちな市民ランナー達まで取りこぼしなくサポートしてくれる最良の選択肢です。楽してズルしたいニワカな厚底ランナーなら、選択肢はこれ一択です。ただし、高いです。モデルチェンジして4が出ても、値落ちしないどころか、そもそも出回ってる数が需要に対して足りてないのか、手に入りません。

テンポネクスト%

シルエットが未来的なテンポネクスト%。(画像引用元:ナイキHP

2番の候補は、ナイキのテンポネクスト%。ズームフライとだいたい同じ位置づけのシューズですが、多分、脚力のあるランナー向けだと思われるシューズです。プレートの素材はナイロンで、バネとしてはほぼ効きませんが、プレートの下の拇指球のあたりに空気ばねが入っていて、地面を蹴り出す力に補正がかかるシューズです。ただ、ゆっくり走る私はそもそも蹴り出す走り方をしていないんで、このシューズを履いて走っても、ほとんど何の恩恵も受けれそうになかろうかと思われます。

ボストン10

時勢に乗って厚底化したボストン10。(画像引用元:Amazon

3番の候補は、アディダスのボストン10。アディダスのマラソン専用モデルです。前作までと打って変わって厚底です。カーボンばねも、空気ばねも付いて無いけれど、実勢価格は1万円を切るのでナイキと比べればお手頃です。厚底カーボンの旗艦モデル、アディオスプロ2と同様の軽量高反発の最新のフォーム(クッション素材)を全面ではないけれど使っている、価格と性能のバランスの取れたマラソンシューズです。サブ4.5クラスのランナーがこれで不満を感じることは無かろうかと思われます。

フューエルセルTC

フューエルセルTC。見た目は悪くないが、前足部のラバー(青色の部分)が重い。(© 2019 kukurunbo)

4番の候補は、ニューバランスのフューエルセルTC。TCとは“Training Competition”の略で、本番とトレーニングの両方いけます、って意味で、ちゃんとカーボンプレートが入ってます。ただし、売り場に行けば隣にフューエルセルRCエリートという、TCより数千円高いが、TCと比べるとべら棒・・・に出来の良いシューズが並んでいるので、TCの存在感は薄いです。お客さんが見て触って悩んでいるのは100%RCエリートで、TCはRCを買わせるためのガイド、完全に引き立て役です。

高いけど良さげなフューエルセルRC。隣のTCと比べると驚く軽さ。(© 2019 kukurunbo)

ナイキは間違いない。

で、とりあえず4つほどシューズを狙ってはいましたが、正直なところ、私がずーっと狙っていたのはナイキのズームフライでした。今でも「2でも3でもいいんで、ズームフライがよかった!」と歯噛みする思いは今も残ってます。それほどに、マラソンシューズの選択肢としてナイキ社製シューズの性能は突出しています(少なくとも2022年の1月においてですが)。

「厚底カーボン」の原点にして至高。ヴェイパーフライネクスト%。(ナイキHPより)

でも、結局、私は4番のニューバランスのフューエルセルTCを買ったわけです。決め手は価格でした。税込みで¥11,000。それに値引きやポイントやらを含めてほぼ1万円の出費で収まりました。やっぱり大会だけに履く靴のために1万円以上を出すのは抵抗があります。というか、出せません。所詮はファンランです。厚底カーボンを噛じってみたいだけなんです。TCの性能は業界全体のベンチマークであるナイキ社製の商品にはかなり劣るでしょう。ニューバランス社も頑張って似た雰囲気に創ってはいますが、全然別物なはずです。そうでなければこの価格差は説明のできません。

それでも、私にとっては相当スペシャルな出費だったのですが、清水きよみず買いをしたその翌日に、当のマラソン大会の運営から、「開催中止が決定した」というメールが届きました。なんと言うか、大ショックでした。今年は多分開催されると信じていて、また、久しぶりのマラソンということで、多少なりとも練習はしていたし、足腰の不安と友人から強烈な販促もあってサポートタイツまで買い揃えていました。そして、極めつけが前日のシューズ購入です。ちょっと残念感が半端ありませんでした。

これも終盤に効く救世主。(画像引用元:Amazon

確かに、オミクロン株の感染者数がその週末から激増していて、感染の第6波が来たんじゃないかとの報道も聞こえたので、中止の決定は合理的です。腰を抜かすほどに残念な気持ちにはなりましたが、不平不満はありません。まあ、仕方ありません。

スーパーピョンピョン

ドクター中松

で、前日に買ったシューズを箱から出してその分厚いクッションソールを眺めてみたり、手でシューズを曲げようと力を加えて、中身のカーボンプレートのものすごい硬さと弾性を確かめてみたり、未練がましくウジウジしていた時に、ふと脳裏に「ドクター中松」こと、発明家の中松義郎さんがスーツ姿にタスキを掛けてピョンピョン飛び跳ねる姿がフラッシュバックしたのでした。

中松義郎氏(2007年7月)(Sakai Yuya, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)

私は中松義郎さんがどんな人だったか知りません。私が子供だった時分にご活躍されていた印象があり、中でも東京都知事選挙の度に、何度も何度も出馬され、その都度テレビで冷やかされている奇人変人といった印象が強い人でした。「発明家ってお金持ちなんだー。また選挙に出れるんだー。」と、子供心に感心していました。今考えてみると、彼の行動原理は全く逆のようにも見えます。つまり、彼の選挙活動はメディアに取り上げられるための先行投資だったような気がするのです。選挙をダシに様々な媒体に定期的に露出することこそが彼の本来の目的で、そこで得られる出演料を、それから数年間の本業の活動の原資に当てられていたような気がします。バブル崩壊前までメディアの出演料はうなぎのぼりでかなり高額だったでしょうから。選挙活動自体は、開発した製品と自身のPRの場として利用して、落選後はメディアで次の活動資金を集める。といったサイクルで発明家として生計を立てていらっしゃったんじゃないかと思います。

スーパーピョンピョン

そのドクター中松は、選挙の度に、名前の書いたタスキにスーツ姿で板バネの付いたシューズを履いてピョンピョンと跳ねておられました。「ドクター中松」と聞いて、真っ先に思い浮かぶ絵はこれです。

やがて世も代わり、ナイキ社がカーボンプレートをシューズに搭載するシステムをトップアスリート向けに開発し、市販化していく過程で、「これってドクター中松のジャンピングシューズ(ピョンピョンシューズ又はフライングシューズ)みたいな物なんじゃね?しらんけど。」という昔を懐かしむ、若くない世代からの声がチラホラ聞かれました。おそらくそれらの方の中で実際にジャンピングシューズを愛用されていた方はいらっしゃらないと思いますが、私も全くその通りだと感じておりました。で、ついに厚底カーボンを手に入れた今、実感しております。ドクター中松のジャンピングシューズと現在の厚底カーボンシューズは全く異なる発想で開発されたものです。

やっぱり全然違った。

現在の厚底カーボンシューズは「走る際に地面を蹴り出す動作をクッションと板バネで補助したい」という純粋にスポーツ競技としての発想で設計されたものです。一方のドクター中松の発想は、「地面から身体が受ける衝撃を板バネでなだらかにしたい」、つまり、足裏から受け取るエネルギーを時間的に薄めてマイルドに分散させることで関節などにかかるストレスを減らしたいという発想のものです。あくまで目的は身体を保護することで、歩走という動作を補助する発想ではありません。

現在も発売中でした。(画像引用元:ドクター・中松公式HP

また、ドクター中松のジャンピングシューズのバネは縦の垂直方向に作動します。シューズを履いて立っているだけでバネにはエネルギー(反発力)が溜まっています。だからこそジャンプするわけです。一方の厚底カーボンシューズのカーボンばねは、平らなプレートがシューズの底に対して平行に敷いてあるだけなので、ただ立っているだけではプレートには何のエネルギーも溜まりません。バネの力はシューズを屈曲させる力に対して働くので、歩き出して足が後ろで地面を蹴るあたりで、シューズに対して曲げようとする力が加わるとプレートにエネルギーが貯まり、バネとして作動します。つまりプレートは「蹴り出す」という動作のみに効く仕組みで、ただ立っているだけや、蹴り出す動作にほとんど力を使わない歩行をした程度では普通のシューズと変わらない「やたらと底が硬いだけのシューズ」だということです。

FuelCell TCの分解図。前足部に負荷がかかるとカーボンばねが作動するようにデザインされていることがわかる。踵の厚底はもちろんクッションの意味もあるが、前足部のカーボンばねがしなれるように板を固定するパーツとして分厚くデザインされている。つまり、踵の剛性を確保するために分厚くなっている。(画像引用元:ニューバランスジャパンHP

どちらもグッドアイディア。

ただし、「シューズの底にバネを入れた」という点においては、ドクター中松のジャンピングシューズと最新の厚底カーボンシューズは同じですから、開発された時代や背景、発想や思想は違うけれども、その点においては、やはり同じカテゴリーのシューズとも言えるでしょう。人類が持つ「こうしたい!」というアイディアが、時間をかけてブラッシュアップされ、役立つものとしてついに具現化した。とも言えます。

グッドアイディアとは?

奇抜とか、関係ない。

ここで私が面白いと感じた点は3つあって、その一つは、ドクター中松のような定期的にメディアに登場する胡散臭い人(ごめんなさい!)の奇抜な行動、その当時のほとんどの人がそこに価値を感じなかった、愚かとも受け取られかねない振る舞いと行い(本当にごめんなさい!)の中に、後に世界を席巻する技術革新のヒントがあったということです。奇抜だから、目立つから、理解できないからと、短絡的に「外れ」にカテゴライズして晒し者にするシステムは、社会的な多様性、もしくは技術的なイノベーションのブレークスルーが発動するキッカケを潰してしまう。ということも言えるのかもしれません。

アディダス社も過去にプラスチック製バネのダイオウグソクムシ(Springblade)を発売した。(SANDYDOVER, CC BY-ND 2.0, via Flickr)

重要なのはタイミング。

もう一つは、技術革新とは、その元となる技術、もしくはその周辺の技術の革新を待たなくては成立しないということです。ドクター中松のジャンピングシューズ以前にも、多分シューズにばねを組み込む発想を持った人はおられると思いますし、彼の後にもおられたはずです。ただ、シューズに内蔵するバネは、スチール製の板バネでも樹脂バネでもダメだった。たとえそれがスノボのビンディングに板バネをくっつけたような雑な機構でも、スパイクにムカデの足をくっつけたような複雑な機構を持ったものでもダメだった。普及しなかった。それは、スチールの25%の軽さで、1000%の強度があり、700%変形しにくく、そしてさらに力の入力に対して反発の方向や特性を自在にデザインすることができるカーボンばね、より正確に言うと炭素繊維強化プラスティック(CFRP)という、それまでの常識がひっくり返るような革新的なバネの登場を待たなくては成立しなかったということです。ですから、商品の開発の過程で一見して即却下されてしまうようなブサイクなアイディアも、社内審査の隙間をどうすり抜けたのか想像もつかない、製品化しても何の販売実績もあげられなかった商品、会社にとっての汚点として、幹部たちが決して話題に触れようとしないような商品にも、ひょっとしたら革新的な価値があるかもしれません。ということです。それは「ダメ」たったのではなくて、「その時、その時代ではダメ」だったんだという可能性があるということです。コケてもコケても、それは諦める理由にはならないということでもあります。

CFRP成形用の炭素繊維(Hadhuey at German Wikipedia, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

使い道?そんなもん知らん。

そして最後に、その基本的な原理を発明した先駆者たちの思い描いていたテクノロジーの用途と、実際に普及した時の、そのテクノロジーの用途が全く異なっているということです。ドクター中松は既存の運動靴のクッション性能に不満があり、脳が物理的に受ける衝撃を緩和する目的でバネの付いた跳ねるシューズをデザインした。しかし、そのデザインが実際に世間に普及した際には、その衝撃をアスリートの観点から有効活用する目的でバネが付いていた。という違いです。ドクター中松が意図した理想や目的ではなく、全く別のアプローチから結局同じような系統のシューズが出来上がったという事です。

左:ズームフライ3の分解図。赤く色付けされた部分がカーボンばね。右:ズームフライ3のカーボンプレート。(画像引用元:ナイキHPから作成)

謝っておきますが、私にはドクター中松のジャンピングシューズに関する知識がまったくなく、それどころかドクター中松こと中松義郎氏に関する知識もほぼ持ち合わせがございません。ただ、彼が東京都知事選でジャンピングシューズを履いて選挙活動をするテレビのカットなら、すぐにパッと思い出すことができて、購入した厚底カーボンシューズを触っていると、そのフラッシュバックが起こったということです。

と、ここまで書いてウィキペディアを見ると、中松先生はまだご存命でした!御年93歳!どうぞいつまでもお健やかに。偉業に感謝です!

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参考サイト:

Wikipedia、コトバンク、YouTube、ナイキジャパン、ニューバランスジャパン、アディダスジャパンドクター・中松ホームページデサント、アシックスオンライン、アルケマ日本エボニックジャパンZOTEFOAMSBASFジャパン積水化学工業東レ、など。

画像元サイト:

Wikimedia Commons、flickr、ナイキジャパン、ニューバランスジャパン、アディダスジャパンドクター・中松ホームページAmazon.com、など。

括坊奚

岡山市在住の野良キュレーター。
日常を豊かにするリーダーズ・ダイジェストを目指しています。
構造に関するコンテンツが好きです。

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